コラム

富士川地域にまつわるお話をご紹介

駿州往還と山本勘助

国道52号 2007年のNHK大河ドラマの主人公は武田二十四将のひとり、山本勘助。信玄の軍師として有名な勘助は、三河国出身で駿河より甲斐に入国したといわれます。信玄に仕えることを夢みながら、富士川沿いのこの道を甲府へ向かったのではないでしょうか。

日蓮聖人と富士川地域

身延山久遠寺 日蓮聖人は、1274年南部六郎実長公に招かれ、身延山に入山しました。実長公保護のもと、身延山久遠寺を開き、ここを拠点に広く法華経の流布に努めていきました。特に、富士川地域には、聖人の説法により日蓮宗に改宗した寺があり、それとともに聖人の足跡が各地に数多く残っているのです。

ダイアモンド富士は巡る

ダイヤモンド富士 富士山の山頂から日が昇るとき、ダイヤモンドのように光が放たれる光景をダイヤモンド富士といいます。 富士川地域ではカレンダーができる程、日を追い場所を変え見ることができます。 主なところでは、冬至の日の富士川町町高下や春秋彼岸の七面山敬慎院など。 とっておきの場所をあなたも探してみませんか。

山岳信仰と滝

お万さまと白糸の滝 富士川地域には、日蓮宗が広まる以前からの修験道による古い山岳信仰の跡が残ります。 七面山の麓、羽衣白糸の滝には、法華経信仰の篤かった、徳川家康の側室お万の方の像が立ちます。 今でも、周辺では、滝にうたれる白装束の信者方の姿が見られます。(06-12-12)

富士川舟運の跡

舟運模型 日本三大急流に数えられる富士川。難所の多いこの川を徳川家康の命を受けた角倉了以(すみのくらりょうい)が開削をし、1612年に、現在の富士川町(旧鰍沢町)から静岡県富士市(旧富士川町)までが通じました。
人を運び、塩や穀物を運び、近代に至るまで日本経済に大きな役割を果たしました。
その後、身延山参りの参宮線としても期待された身延線が、昭和3年には富士−甲府間が全線開通し、物流の歴史も移っていくのでした。

奈良田と奈良田王伝説

奈良田は早川町の最奥の地。「秘境」の名にふさわしく、多くの伝説や民話、歴史ロマンに彩られた里です。そのひとつが、神のお告げによって、病を治すために奈良田温泉を訪れたという奈良時代の女帝、孝謙天皇(奈良王)の伝説。回復後も8年間奈良田に滞在したと伝えられています。

本栖湖と千円札の富士山

本栖湖と富士 旧五千円札、現在は千円札に使われている富士山の絵は、本栖湖から見たものです。年間を通じて変わらないエメラルドグリーンの湖面と、富士山の四季変化する表情との対比が、訪れる人を魅了してやみません。絶好の撮影地として人気のスポットです。

富士川地域と文化人

西行公園 富士川を中心とした山深いこの地域は、古い社寺や由緒ある文化財などが点在しています。この自然豊かな、歴史的たたずまいに魅せられ、多くの文人墨客が富士川地域を訪れています。
四季美しい景色の中で出会う歌碑や文学碑。巡り歩いているうちに誰もが詩人になってしまいそうです。

木喰上人と微笑仏

微笑館 身延町丸畑地区に、江戸時代中頃に生まれた木喰上人は、全国を巡礼しながら、微笑をうかべたなんとも優しいお顔の手彫りの木喰仏を各地に残しています。
生誕の地、丸畑にある「木喰の里微笑館」では上人手彫りの木喰仏や直筆の書物を見ることができます。

「木喰の里微笑館」
営業時間:午前9時〜午後5時
定休日:水曜日(祝祭日の場合は翌日)
問合せ:0556-36-0753

門前町と精進料理

門前通り 身延山久遠寺総門から三門に至る約1キロメートルの通りは土産店や旅館が並ぶ歴史ある門前町。特に名物のゆばは、僧侶達のたんぱく源として食された精進料理のひとつです。
身延山を訪れたら、門前の人達の篤い人情に触れながら、精進料理を味わってみてはいかがでしょうか。

身延駅としょうにん通り

しょうにん通り JR身延駅前の商店街は通称しょうにん通り。瓦屋根になまこ壁、各戸に掲げられた家紋など、「平成の古都」をテーマに和風に統一された家並みは、仏都みのぶならではの風景です。食事処や菓子店、土産店、旅館などが軒を連ねています。

ページの先頭へ